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日々の徒然日記

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妄想炸裂中の日々のブログ
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9月に自分のおばあちゃん、10月に従兄弟のおばあちゃん、そして11月に会社の後輩のお父さんが亡くなられました・・・。


その子は同じ学校の出で私の一つ下、まだ19歳です。
長女で、下に高校生の妹と中学生の弟がいます。

私が彼女にお父さんが亡くなったと聞いたのは金曜日の朝、その子の同期で管理の後輩としゃべりながらバスに乗っているときでした。
電話で上司の電話番号を尋ねられたので「?」と思いながらメールで教えました。
「サンキュー」と言うメールの返信が返ってきて、今日は休むのかなぁ?程度にしか思ってませんでした。
その後もう一度電話がかかってきて、朝早いからかまだ繋がらないんだけど・・・と言われて8時近くにもう一度かけ直せばいいよ、と教えたついでに、「どうかしたの?」と聞きました。
彼女は冷静な声で「今朝お父さんが交通事故で亡くなっちゃって・・・」と答えました。

私は、何て声をかければよかったのかわかりませんでした。

ただ、「え?」っと聞き返すしかできませんでした。
彼女は仕事が残ってるからそれを取りにきて土日中にやると言って来たので「無理しなくていいよ?」と言ったら力無さげに「うん、ありがと」と答えてくれました。


9月から続けて3回目のお通夜です。
自分の知らない人でしたが、今回が一番辛かった気がします・・・。


最初に亡くなったおばあちゃんももう年でした、おじいちゃんも私が12歳の頃・・・もう8年も前に亡くなってます。
会えなくなって悲しくないといえば嘘になります。
冷たくなったおばあちゃんの棺に花を詰めた時に思わず泣き出してしまったものです。
10月の従兄弟のおばあちゃんもそれなりの年でした。
おじさん達もお父さんも悲しそうでしたが、半ばわかっていたのでしょう。
涙を見せる人は少なかったです。

そう、おばあちゃん達はわかってた死期でした。


けれど後輩のお父さんは悲惨な事故で死んでしまいました。
まだ43歳、私のお父さんよりも9歳も下です。

始終、奥さんも後輩もその家族も泣いていました。


式が終わった後、後輩に何か声をかけれないかと待っていましたが、中々近寄れず。
やっと少し近くにいけたかと思ったら後輩は高校時代から付き合っている彼氏にしがみついて泣いていました。
さすがにそこに声をかけるわけにもいかず、一度外に出て会社の他の方達とタイミングを見計らって待っていて・・・なんとか棺の前に居る後輩に声をかけれました。

電話では冷静に聞こえた彼女でしたが、やっぱり顔は真っ青で目元は腫れていて。
いざ近づいても「大丈夫?」としか聞けませんでした。

その後、泣きながら「先輩、これが私のお父さんだよ」と言って棺の方へ連れて行ってくれました。


穏やかな顔でしたが、おばあちゃん二人の時にはなかった頭の痛々しい包帯に思わず目を伏せました。

もし、私のお父さんがこんな姿になってしまったら、こんな姿で棺に眠っていたらどう思うか。
そう重ねてしまったのです。


つい最近、会社の旅行先で父がアルコール中毒(本人曰く躓いて倒れて脳震盪だそうですが)を起して慌てて母がその旅行先まで夜遅くに出かけていったのを思い出しました。
電話を母が取った時に嫌な予感が今でも忘れられません。
慌てて夜遅くに一人で出て行った母の心配もしました。
もし父が死んでしまったらどうしようかとも思いました。
その時はあんまり現実的に考えれずとりあえず生活面とかそういうのが大丈夫かなー?と危惧した覚えがあります。
薄情者といえば薄情者です。

私には身近で死んだ近しい人間はおばあちゃんだけでした。
おじいちゃん二人の時はまだ小さかったせいかあまり覚えていません。
だからでしょうか、あまり死に対して何か感じてたわけではないのです。

ただ漠然に悲しいんだろうな、寂しいんだろうな、そんな程度に考えてました。


けれど直にその様子を見て自分に耐えれるのかが疑問に沸きました。

ただでさえ、この頃は何かと周りで不幸ばかり起きていて、
私自身ももしかしたら何かの病気を患っている可能性も出てきています。
自分自身どうなのかはわかりませんが、念の為病院に行く予定です。


本当はあまり言わない方が良いのかもしれませんが、少し。
子供が親より先に逝くのは親不孝者と言いますが、
漫画やゲームでも「悲しみたくないから先に逝きたい」、「悲しませたくないから後に逝きたい」派と分かれるじゃないですか。
確かに子供が死んだら親は相当泣きます、悲しみますそんな顔をさせるなんて親不幸者です。
もし私が死んで両親や兄弟や友達が泣いていたら心が痛みます。
けど、私は誰よりも先に死にたいと感じてしまいました。

どうしても、どうしても誰かが居なくなるその悲しみに勝てる自信が無いんです。

私はよく箱入り娘と周りに言われる事があります。
それもこれも何処に行くにしろ何をするにしろお母さんとお父さんが着いてきてくれたからです。
自分でしなくても両親がしてくれる、そんな環境にあったからこそのこの性格。

一人で地下鉄に乗れるようになったのは高校1年生の頃で、一人で歯医者に行き始めたのは高校3年生の頃でした。
それまでは両親、兄弟、友達の誰かに着いてきてもらえないと何も出来ませんでした。

あと、何かを捨てるのに物凄く決心いるこの性格もそれ故かと。
多分自分の周りが変わっていくのが怖いんです。
もう絶対に着ないはずの制服、使わない教科書、もう着れない服、もう使わない鞄。
全部全部捨てれなくて、捨てたくなくて。(結局はお母さんに捨てられるんですが)

何かを無くすのも失うのも怖いんです。
だから今日この頃は生きるのも怖いんです。

人は絶対に死にます。
特に両親は高確率で私よりも先に逝ってしまいます。

おかしな話ですが、小学生の頃から何時かその日がくるだろうと考えてました。
その度に泣きそうなのを堪えてまだまだ先だと思って早数年。

私はもう20歳になってしまいました。
母も父も、もう50代です。
大人になれば時間の経過はあっという間です。

私のおじいちゃんは68歳でおばあちゃんは76歳で亡くなりました。

もう、あと20年も無いかもしれないんです。
もしかしたらその前に病気や交通事故に合って亡くなる可能性も出てきます。
そう考えると何で人は生まれて死んでいくんでしょう。
生まれたからこそ楽しい事も嬉しい事も悲しい事も苦しい事もあります、それが人間の生なのでしょう。
よく漫画やゲームでも耳にする言葉ですよね。

けど、楽しい事も嬉しい事も悲しい事も苦しい事も全部味わう為に生まれてくるというなら。
私は、何も感じないでいたかった。
生んでくれた両親を恨み事でも何でもありません、生んでくれて、育ててくれて、感謝しているからこそ・・・より一層そう思ったのです。


何か自分自身予想だにしない暗い雰囲気の文章になってしまいました。
けどこれは本当に書いてる最中に自分自身で思った事を書きとめたまでなので・・・。


結局、生まれて生きてしまっているのだからその運命は変えられず。
誰が先に死ぬかなんて判らない世の中です。

だから私は今日も生きます。
とりあえず今のうちは会社に出勤してくるであろう後輩をどう励ますかを考えます。
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