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日々の徒然日記

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妄想炸裂中の日々のブログ
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というわけで、無事免許を獲得し戻ってきた銀瑠璃ですー。
まさかの100点満点合格ですよ、奥様。ひゃっほーい!
しかししかし、二輪の問題でまくってあっはっはー、マジこれ落ちたよorzという心境で合格発表待ってたため点数見たときは驚きでした。
危うく、前日にちゃんと勉強しとけばよかったぜ・・・とか燃え尽きかけてたというのに・・・・。
珍しく感が冴えてたようです、はい。

で、昨日は高校の体育祭でした。

久々に会った学友達は変わりなく・・・・・・・・・いやいや、めっちゃ変わってた子とかいましたが。
一番驚いたのは妊娠した子がいた事ですね!
おめでとう!よりもえええええっ!!?の方がでかかったですが。(笑
来年には子供が見れるそうです、そうなったら是非みんなでお祝いに行かせてもらいたいですv

あともう一つすごくびっくりしたのは、元クラスメイトがカプ○ンに就職が決まったこと。
本人には会ってませんが、先生から聞いてびっくり。
元々卒業する時にそこに就職したいと言っていたのは聞いていたのですが・・・まさか本当にやってのけるとは。
一重に、努力の賜物ですね。
夢にかける情熱というか、きっとそこにはなみなみならぬ努力があったんでしょうね・・・非常に喜ばしいです。
私自身、そこまで仲の良い子ではなかったですが、やっぱ会って直接おめでとうの言葉は伝えたいですね。



ちょっと愚痴っていうか、走り書きっていうか、これから先は私が思った事をそのまま書き始めたせいで文面あやふやで内容も自分自身よくわからない事になってますが。


私も昔はゲーム会社に就職したいとか言ってた事がありましたが・・・やっぱそこまでやれなかったんですね。
就職率の低すぎる難関であるその道を突き進むよりは無難に就職先のある設計の道を進む方が楽だと、高校2年の時に思いましたから。

あと、高校入ってからやっぱり周りの子に比べて自分の才能の無さを自覚したというか・・・。

中学校の頃は、自分の周りには絵を描く子が数人しかいなくて、その中で絵が上手い上手くないっていうのはあんまりなくて。
美術とかそういう時間では絵を描いた時は大概褒められてたのできっと少し調子にのってたのでしょうね。

あの頃は身近に自分よりも絵が上手いと私自身が本当に思っていたのは多分母と小学校の友人の二人だけだったんでしょうね。
高校に入って初めてデッサンの授業を受けたとき、周りの子の上手さにかなりびっくりした記憶があります。
そしてそういうデッサンとは違う趣味でのコミカルな絵とかそういうのも他の子の上手さには度肝をぬかされました。
デッサンも水彩も、油絵も立体も何もかも自信がもてなくて、みんなよりも唯一ちゃんとできたというのが製図の授業だけで。

そのため、3年生のコースの選択は入った当初に行きたかったグラフィックコースを止めて家具なんかを作るインテリアのコースに入りましたからね。
家具をデザインするのも、設計をするのも好きです。好きじゃなければ続きません。
けど、今でも少しだけ・・・本当に少しだけ後悔してるんですよね。

こうやって、パソコンの前に座って絵を描いてて、どうしてそっちのコースに行かなかったか。
才能とかそんなの関係なく学生時代は好きにやってればよかったなーとか。
努力してれば、毎日絵を描いてれば、塗ってれば、もっとちゃんとした絵が描けるようになってたんじゃないかと。

今みたいに、毎日毎日仕事に追われて昔みたいにあんなに絵を描く事の出来なくなる前にそういう事しておけばよかったなぁとか。

・・・・・・決して、今の仕事が嫌ってわけじゃないんですよ?
同じ部署の人達はみんな優しいし、同期の女の子はいませんが今年入ってきた後輩2人は本当に昔からの友達のように接してくれてるし。

けどやっぱ高校に戻って、高校時代の友達に会うと色々考えるものがあるんですよ。

時間は戻らないし、止まらないんです。
きっと今の時間は今の時間で大切なのはわかってます。
私も友達も女の子だからその内何処かの誰かと結婚して違う場所へ嫁いで行って簡単には会えなくなるでしょう。
結婚しなくても、きっと仕事場の関係で実家とは違う場所で一人暮らしする事もあると思います。
妊娠した子のように、みんな子供が出来たらさらに忙しくて会えないでしょう。

私は、家族が大事で同じ位友達みんな大好きで。

小学校の頃、大事な友達が一人違う中学に行きました。
その時物凄くさびしい気持ちになった気がします。

中学校に入る頃、幼稚園からの付き合いの幼馴染2人と同じ高校に入りたいと、そう言っていた気がします。
その頃の私にはあの2人と離れ離れになるなんて考えられなかったんです。
習い事に行くのも、学校でずっと一緒にいるのも、家族ぐるみで遊びに行くのも、帰る時も大概は一緒にいた気がします。
勿論、小学校や中学校で出来た友達も一緒にいましたがそれでも・・・いじめられっ子だった幼稚園、小学生低学年時代の私にとってあの2人は本当に大切な友達だったんです。
あんまり覚えていない幼稚園時代、あの2人と初めて会ったのもその頃らしいですけどまったく覚えていません。
けど、お母さんとお父さんにゲームセンターでとってきてもらった人形達に囲まれて生活してた気がします。
何があったかもわかりませんが、人形達に友達だと言って部屋の隅で一人泣いてた痛い記憶もあります。
そんな時代に会った2人です。
多分、喧嘩もしたしいろいろあったとは思いますが依存してる部分も多々あったと思います。
だからこそ、離れるのが怖かったんだと思います。

けど私には2人について行く程の頭もなかったし、何より私は進学校よりも就職に有利な高校に入りたかった事もあり結局2人とは別の高校に入りました。

他に小学校からの友達と中学校からの友達がいたので・・・一人ではないし、いいかなと思って。
その頃の私はあの頃と違って2人以外にも仲のいい友達が出来たしあの頃よりは依存しなくても良くなってたんでしょうね。

それから、高校に入って、同じクラスメイトで仲の良い子がたくさんできて、楽しくて。

中学校卒業する時は高校に入ってもみんなして遊ぼうと言っていたのにどんどん回数が減ってきて。
時々、本当に思いついたときに会う程度になってきて。
それでも、高校の友達がいるからさびしいなんて感じないでいました。

そして高校を卒業して1年半。

卒業してから半年間まではよく会ってメールも凄いよくしてた友達とも時々会う程度になり。
小学校から高校生までの腐れ縁の友達には、私の知らない学校での友達ができて。
今までは、小学校中学校の友達の話をその子とだけは共通の知り合いだったので出来たけれど今の友達の話はわからなかったり。
卒業してから、いつの間にかあの頃とは違う職業についてたり。
それぞれの会社で新しい友達や恋人が出来てたり。


私も卒業してから兄のネトゲ仲間と友達になったり、会社の後輩2人と仲良くなったり。
そいつらやその子達と遊ぶのが、当たり前になってきて。


だんだん、みんなの事が思い出になっていく気がして。


来春、弟が就職してもしかしたら寮に入るかもしれません。
きっと私もその内一人暮らしをするか何かで家を出るんだと思います。

生まれて、生きて、20年。

傍に居る人たちがどんどん変わっていって。
それが当たり前になってきて。
それがさびしくて、悲しくて。

人間、最後は一人なんだなぁとか・・・こっそり思ったり。



あうあう、最初のノリとはまったく違う事になった気がします。
なんか湿っぽくなりましたが、私は今日も元気に妄想してます!
妄想は変わりませんしね。(笑
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